月末、タイムカードの束を輪ゴムでまとめながら、枚数が1枚足りないことに気づく。店長の分です。「あの人は管理職だから打刻はいらない」——たしかにそう決めた記憶はあります。ただ、いつ、何を根拠に決めたのかは思い出せません。
現場に一番長くいるのは、たいてい店長です。開店の1時間前に来て、閉店後にレジを締めて、翌日の発注をかけて帰る。その時間は、どこにも残っていません。残業代を払っていないのだから記録も要らない、と考えている会社は少なくありません。
結論から言うと、残業代の話とは別に、店長の労働時間も記録する義務があります。2019年4月から、法律にそう書かれています。この記事を読み終えると、自社で「打刻していない人」が誰なのかと、その人たちの記録をどこから始めればいいかが決まります。
「管理職だから打刻不要」は、どこから来た誤解か
この誤解の出どころは、労働基準法41条2号です。ただしこの条文は、残業代の話しかしていません。
41条2号は、「監督若しくは管理の地位にある者」について、労働時間・休憩・休日に関する規定を適用しないと定めています。いわゆる管理監督者です。ここから外れるのは「1日8時間を超えたら割増賃金を払う」というルールであって、「記録しなくてよい」とはどこにも書かれていません。
あわせて押さえておくと、管理監督者でも深夜割増賃金(労働基準法37条4項)と年次有給休暇は適用されます。つまり管理監督者であっても、何時から何時まで働いたかが分からないと、深夜勤務の割増賃金すら計算できません。「適用除外」という言葉の響きから、勤怠管理の対象外だと受け取られてしまうのですが、外れているのは一部のルールだけです。
混同が起きる本当の理由
小さな会社で混同が起きるのは、勤怠記録の目的が1つしかないからです。給与計算のため。この目的だけなら、残業代の出ない店長の記録は不要という結論になります。すじは通っています。
ところが勤怠記録の目的は2つあります。給与計算と、健康の確保です。後者の目的で作られたルールが、これから説明する義務です。目的が2つあると分かった瞬間に、「店長の分だけ空白」という状態の危うさが見えてきます。
そもそも出勤簿が何のために存在するのかを整理したい場合は、出勤簿と打刻の記録を紙からLINEに移す方法もあわせてご覧ください。
2019年4月から、全員が「労働時間の状況」の把握対象になりました
労働安全衛生法66条の8の3により、事業者は労働者の労働時間の状況を把握しなければならないことになりました。2019年(平成31年)4月1日施行です。企業の規模も業種も問いません。従業員5人の会社にも、そのまま適用されます。
それまでも、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)がありました。ただしこのガイドラインは管理監督者を対象から外していましたし、そもそもガイドラインであって法律ではありませんでした。2019年の改正は、この部分を法律上の義務に格上げしたものです。
自社の誰が対象になるか
| 立場 | 労働基準法上の労働時間管理 | 「労働時間の状況」の把握 |
|---|---|---|
| 一般の従業員 | 必要 | 必要 |
| パート・アルバイト | 必要 | 必要 |
| 管理監督者(店長・部長など) | 適用除外 | 必要 |
| 裁量労働制・事業場外みなしの人 | みなし労働時間で処理 | 必要 |
| 受け入れている派遣スタッフ | — | 派遣先が把握する |
| 高度プロフェッショナル制度の対象者 | 適用除外 | 対象外(別途、健康管理時間を把握) |
高度プロフェッショナル制度は年収1,075万円以上の高度専門職が対象で、従業員5〜30人規模の会社ではまず使われていません。実務的には「ほぼ全員が対象」と考えて差し支えありません。
把握の方法は、労働安全衛生規則52条の7の3第1項に定めがあります。タイムカードによる記録、パソコン等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法、その他の適切な方法とされています。さらに同条第2項で、この方法により把握した記録を作成し、3年間保存するための必要な措置を講じなければならないとされています。
「労働時間」ではなく「労働時間の状況」——この違いが要点です
把握が求められているのは、賃金を計算するための労働時間ではありません。その人がどれだけ働き得る状態にあったかです。
厚生労働省の通達(平成30年12月28日基発1228第16号)では、「労働時間の状況」を、労働者の健康確保措置を適切に実施する観点から、労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供し得る状態にあったかを把握するもの、と説明しています。条文が「労働時間」ではなく「労働時間の状況」という言葉を選んでいるのは、このためです。
小さな会社にとって、ここは救いになります。1分単位で正確に、という話ではないからです。「いつ職場に来て、いつ職場を出たかが、後から分かる」。この水準で足ります。高価な勤怠システムを入れないと対応できない義務ではありません。
たとえば、スタッフ12人の整体院では
施術者7人と受付3人はタイムカードを押しています。押していないのは、院長と店長の2人。店長は開店1時間前に来て予約表を整え、閉店後に日報を書いてから帰ります。手当は固定で月4万円。残業代の計算はしていないので、記録も取っていませんでした。
この店長の実労働時間を後から数えると、月の時間外・休日労働が80時間を超えている月がありました。会社は気づいていません。気づけなかったのは、記録がなかったからです。(これは説明のための仮定の例です)
大手と同じ勤怠システムを入れようとすると、そこで止まります
ここで全社一斉に勤怠システムを導入しようとすると、たいてい検討だけで半年が過ぎます。まず「打刻していない人」だけを対象にしてください。
小さな会社が使える戦い方は、ランチェスターの弱者の戦略に集約されます。持っている力を広く薄く配らず、勝てる1点に全部を投じる考え方です。この義務への対応も、そのまま当てはめられます。
| 弱者の原則 | この場面での意味 | 具体的な打ち手 |
|---|---|---|
| 局地戦 | 戦う範囲を狭くする | 全社ではなく「今、打刻していない人」だけを対象にする |
| 一点集中 | 力を1点に投じる | 始業と終業の2つだけ記録する。休憩・外出・私用外出は後回し |
| 接近戦 | 直接やり取りする | 1対1のトークで役職者本人と直接、日々のやり取りをする |
| 差別化 | 大手と違うやり方をとる | 大手は全社システムで一律に。小さな会社は対象を絞って明日から始める |
仕組み化する業務を選ぶときの判断基準は3つです。①頻度が高い ②社長が対応している ③返答が毎回ほぼ同じ。役職者の始業・終業の記録は、この3つが全部そろいます。毎日発生し、社長が「今日は何時上がり?」と口頭で聞いており、返ってくる答えは時刻だけ。最初の1点として、これ以上ないほど条件がそろっています。
見落とすとトラブルになるポイント
◆ ここだけは押さえる
1. 罰則はありませんが、是正勧告の対象になります。労働時間の状況の把握義務そのものに直接の罰則規定はありません。ただし、把握していない状態は法令違反として是正勧告の対象になります。「罰金がないから後回し」という判断は、監督署が入ったときに効きません。
2. 月80時間を超えたら、本人に知らせる義務があります。時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超えた労働者には、超えた時間に関する情報を通知しなければなりません(労働安全衛生規則52条の2第3項)。書面のほか、給与明細に時間外・休日労働の時間数が記載されていれば、それでも差し支えないとされています。この通知義務は、会社の規模を問いません。
3. 面接指導は、産業医のいない会社にも関係します。時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる人から申出があった場合、医師による面接指導を実施しなければなりません(労働安全衛生法66条の8第1項、同規則52条の2)。産業医の選任義務があるのは常時50人以上の事業場ですが、この面接指導の義務に人数の下限はありません。50人未満の事業場は、地域産業保健センターの無料の窓口を利用できます。
4. 保存年数が二重になっています。労働時間の状況の記録は3年間の保存(労働安全衛生規則52条の7の3第2項)。一方、出勤簿など労働関係に関する重要な書類は労働基準法109条で5年間の保存とされ、同法143条の経過措置により当分の間は3年間で足りるとされています。実務上は「5年残す前提で作る」ほうが安全です。経過措置がいつ終わるかは決まっていません。
出典:厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」/島根労働局「客観的な記録による労働時間の把握が法的義務になりました」(PDF)
もうひとつ、実務で効いてくる話をしておきます。記録がないこと自体が、会社にとって不利に働きます。後になって元従業員から労働時間を主張されたとき、会社側に手元の記録がなければ、相手の主張に対して出せる材料がありません。記録は、従業員を管理するためだけのものではなく、会社を守るためのものでもあります。
なお、一般の従業員の残業についても、申請と記録を1本の流れにしておくと、この80時間の把握がぐっと楽になります。残業申請をLINEで受けて上限管理につなげる方法で扱っています。
記録の設計:LINEで受けるなら、この4条件を満たす
LINEで始業・終業を受けてもかまいません。ただし「後から使える記録」になるかどうかは、次の4点で決まります。
- 誰が、いつ、何を、が特定できるか。LINEの表示名だけでは足りません。同姓の人がいたり、途中で表示名を変えたりします。氏名または社員番号と紐づけて記録します。
- 後から書き換わらないか。トーク画面をそのまま記録とせず、スプレッドシートに追記型で転記します。上書き運用にすると、いつの時点の記録なのかが分からなくなります。
- 保存できるか。3年、実務上は5年です。トーク履歴は端末やアカウントの状況で消えることがあります。年に1回、シートを書き出して別の場所に置く手順まで決めておきます。
- 本人が送ったものか。本人のアカウントから送られていることが分かる形にします。社長が代理で入力した記録は、後から「本人が申告した時刻」として扱いにくくなります。
LINEの打刻がどこまで記録として使えるかは、LINEで勤怠打刻はアリか、労働時間の記録として認められる条件で詳しく整理しています。
「監視されている」と受け取られないために
役職者に打刻をお願いするとき、伝え方を間違えると反発が出ます。長年、打刻しない立場でやってきた人ほどそうです。
「サボっていないか見るため」と受け取られると、記録は形骸化します。伝えるべき理由はひとつです。「あなたの残業代を計算するためではありません。月80時間を超えていないかを会社が確認する義務があり、超えたときは会社から知らせる必要があるからです」。目的が健康の確保だと分かれば、たいていは納得してもらえます。
最小構成で始める3ステップ
「打刻していない人」を紙1枚に書き出す。役職者、直行直帰の多い人、固定残業代で処理している人、社長の家族。名前を並べるだけで5分で終わります。ここで初めて、対象が何人なのかが分かります。
その人たちだけ、1対1のトークに2行送ってもらう。「出勤 8:45」「退勤 20:10」。それだけです。フォームも自動化もいりません。まず2週間続けて、続くかどうかを見ます。
月末に、時間外・休日労働が80時間を超えた人がいないかだけ見る。合計ではなく、超えている人がいるかどうかだけ。いなければ何もしません。いたら本人に時間数を知らせます。
フォームでの入力、スプレッドシートへの自動転記、リマインドの配信。こうした自動化はすべて後からで間に合います。最初にやるべきなのは、空白だった記録を埋めることです。手で転記していても、記録がある状態のほうが、自動化されているが対象外の人がいる状態よりはるかに安全です。
よくある失敗
失敗1:全社一斉に始めようとする
全員のタイムカードを一度にやめてLINEに切り替えると、給与計算の締めに間に合わなくなります。今まで記録が取れていた人は、そのままで問題ありません。空白の人だけを埋めます。
失敗2:役職者に理由を説明しないまま始める
「明日から打刻してください」とだけ伝えると、降格の前触れかと勘繰られることがあります。法律上の義務であること、目的は健康の確保であることを、最初に1分で伝えてください。
失敗3:記録は取るが、誰も見ない
これが一番多い失敗です。集めるだけで月80時間超に気づかなければ、通知義務も面接指導も動きません。記録を集めることではなく、月末に1回見ることが目的です。見る日をあらかじめ決めてください。
よくある質問
従業員が10人しかいませんが、対象になりますか
対象になります。労働安全衛生法66条の8の3の把握義務も、月80時間超の本人通知義務も、事業場の規模や業種による例外はありません。人数が少ない会社ほど役職者が現場に出ているので、むしろ空白が生まれやすい構造です。
産業医がいませんが、面接指導は必要ですか
必要です。産業医の選任義務があるのは常時50人以上の事業場ですが、面接指導の実施義務に人数の下限はありません。50人未満の事業場は、各都道府県にある地域産業保健センターの窓口を無料で利用できます。まずは所在地のセンターを調べて、連絡先を控えておくだけで十分です。この窓口は、2028年から50人未満にも義務化されるストレスチェックの面接指導でも同じように使えます。
役員も記録の対象になりますか
その人が労働者にあたるかどうかで変わります。取締役でありながら部長として働いているような、いわゆる兼務役員は、労働者としての側面について対象となる場合があります。実態に照らした個別の判断が必要ですので、線引きに迷う場合は労働基準監督署の窓口でご確認ください。
まとめ
この記事の結論
- 管理監督者に残業代を払わないことと、労働時間を記録しないことは別の話です。2019年4月から、記録は法律上の義務です
- 求められているのは1分単位の正確さではなく、「いつ来て、いつ帰ったか」が後から分かることです
- 明日やること:「打刻していない人」の名前を、紙1枚に書き出す
書き出してみると、たいてい3人以内に収まります。全社の勤怠を作り直す話ではなく、3人分の空白を埋める話だと分かれば、着手できます。空白が埋まったら、次は休憩時間の記録です。役職者ほど、休憩を取っていないのに取ったことになっている割合が高い部分です。
本記事は2026年7月時点の法令に基づいています。制度の適用や個別の取扱いについては会社ごとに事情が異なりますので、判断に迷う場合は所轄の労働基準監督署などにご確認ください。










