朝、事務所に来るなり言われます。「父が倒れまして。しばらく休ませてもらえませんか」。
「もちろん。何日くらい必要ですか」と聞くと、少し黙ってから「……分かりません」と返ってきます。本人にも先が見えていないのです。
その日の夕方、就業規則を開いてみます。そこには「介護休暇」と「介護休業」という、よく似た名前の条文が別々に並んでいます。どちらの話なのか、読んでも判断がつきません。
この2つは、まったく別の制度です。年5日のものと、通算93日のもの。取り違えると、本人が使えるはずの制度を使えないまま、辞めていくことになります。この記事では、その分かれ目をはっきりさせます。
なぜ介護だけ、話が噛み合わないのか
理由は3つあります。どれも、会社の側にも本人の側にも責任のない構造的なものです。
理由①:名前がよく似た制度が2つある
まず、これに尽きます。「介護休暇」と「介護休業」。一文字違いで、内容はまったく違います。
| 介護休暇 | 介護休業 | |
|---|---|---|
| 日数 | 対象家族1人につき年5日 (2人以上なら年10日) | 対象家族1人につき通算93日 |
| 取り方 | 1日単位・時間単位 | まとまった期間。3回まで分割できる |
| 使う場面 | 通院の付き添い、ケアマネジャーとの面談、手続き | 介護施設を探す、同居の準備、看取り |
| 申出 | 当日でも申し出られる | 原則、開始予定日の2週間前まで |
| 性格 | 単発の用事に対応する休暇 | 両立できる体制を整えるための準備期間 |
この表を印刷して、就業規則のファイルに挟んでおくだけでも、次に同じ場面が来たときの初動が変わります。
理由②:本人も、自分が何を必要としているか分からない
介護が始まった直後の人は、状況を整理できていません。何が起きているのか、どれくらい続くのか、自分が何をすればいいのか。全部が同時に降ってきている状態です。
ですから「何日休みますか」と聞いても、答えは返ってきません。答えられないのは、伝える気がないからではなく、まだ分からないからです。
理由③:終わりの日付がない
産休や育休には、出産予定日という起点があり、おおよその終わりも見えます。介護にはそれがありません。数週間で落ち着くこともあれば、数年続くこともあります。
この「終わりが見えない」という性質が、会社の側の判断も難しくします。だからこそ、日数の話から入らないほうがうまくいきます。
「何日休みたい?」から入ると失敗する
大きな会社には相談窓口があり、制度の一覧を渡せる担当者がいます。小さな会社にはそれがありません。社長が直接聞くことになります。
そのときに最初に聞くのは、日数ではありません。状況の切り分けです。
最初に切り分けるのは、この2つ
- 今すぐ、数日単位で必要なのか(病院に付き添う、手続きに行く)→ 介護休暇の話
- これから続く体制を整える必要があるのか(施設を探す、同居の準備をする)→ 介護休業の話
多くの場合、最初に必要なのは前者です。数日の休みで急場をしのぎ、状況が見えてきてから後者を検討する。この順番になります。
◆ 介護休業は「自分で介護をする期間」ではありません
ここは、会社にも本人にも誤解が多い部分です。通算93日と聞くと「3か月あれば介護できる」と考えがちですが、介護に3か月で終わりが来るとは限りません。
厚生労働省の資料では、介護休業は仕事と介護を両立できる体制を整えるための準備期間として位置づけられています。施設やサービスを調べる、要介護認定の手続きをする、親族と分担を決める、引っ越しの段取りをする。こうした「態勢づくり」に充てる期間です。
この理解が共有されていないと、休業が明けた時点で何も整っておらず、結局そのまま退職、という流れになります。93日を「介護に専念する期間」として使わせないことが、離職を防ぐいちばんの分かれ目です。
| 弱者の原則 | 介護での意味 | 具体的な打ち手 |
|---|---|---|
| 局地戦 | 制度全体を説明しない | まず「今週どうするか」だけを決める。93日の話は後日 |
| 一点集中 | 切り分けの1問に絞る | 「単発の用事か、体制づくりか」。ここだけ最初に聞く |
| 接近戦 | 状況を直接聞ける | 大手なら書面と窓口。小さな会社はその場で事情を聞いて調整できる |
| 差別化 | 辞めさせないことで勝つ | 介護離職は採用コストより高くつく。引き止められる規模の強みを使う |
会社側の手順と、LINEの使いどころ
流れはこうなります。
- ①申出を受ける
- ②状況を切り分ける(休暇か、休業か)
- ③制度を個別に説明し、意向を確認する(2025年4月から義務)
- ④書面で通知する
- ⑤日数の残りを記録する
介護だけは、LINEの使い方が少し違います
産休・育休の回では「LINEは入口だけ」とお伝えしました。介護も、家族の病状という重い情報を扱う点は同じです。診断名や病状をトークに残すべきではありません。
ただし、ひとつだけ性質が違う部分があります。介護休暇は、当日の朝に発生するということです。
「今日、病院から呼ばれたので午前中休ませてください」。この連絡は、電話よりLINEのほうが確実に届きます。時間単位で取ることもできるので、「午前だけ」「2時間だけ」という連絡も日常的に発生します。
| LINEで受けてよい | LINEでは受けない |
|---|---|
| 「今日、介護休暇を半日お願いします」 | 診断名・病状・介護の内容 |
| 時間単位の連絡(午前だけ、2時間だけ) | 介護休業の申出そのもの(書面で受ける) |
| 「相談したいことがあります」 | 家族構成や親族間の事情 |
| 面談の日程調整 | 本人がまだ社内に伝えていない事実 |
つまり介護休暇の当日連絡はLINE、介護休業の申出は書面。この線引きが分かりやすい形です。
見落とすとトラブルになるポイント
「要介護認定がないから対象外」ではありません
制度の対象になるのは、要介護状態にある対象家族を介護する場合です。要介護状態とは、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態をいいます。
ここで重要なのは、これが介護保険の要介護認定とイコールではないという点です。認定が下りていないことを理由に申出を拒むことはできません。会社は要介護状態であることを証明する書類の提出を求めることはできますが、提出を制度利用の条件とすることはできないとされています。
「認定が出てから相談してください」という対応は、この時点で誤りです。
対象になる家族の範囲
対象家族は、配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫です。
注意したいのは後半です。祖父母・兄弟姉妹・孫については、本人のものが対象です。配偶者の祖父母や兄弟姉妹は含まれません。ここは間違えやすいので、確認してから答えてください。
介護休暇は、有給休暇とは別に与える必要があります
介護休暇は、年次有給休暇とは別に与えなければならないとされています。「有給がまだ残っているから、そちらを使ってください」という運用は認められません。
また、2022年4月から時間単位での取得ができるようになっています。1日単位でしか取れない運用のままになっていないか、規程を確認してください。
◆「2週間前じゃないので取れません」も誤りです
介護休業の申出期限は、原則として開始予定日の2週間前までです。しかし期限を過ぎた申出だからといって、介護休業を拒むことはできません。
申出が2週間前より遅れた場合、会社は、本人が希望する開始日以後、申出の日の翌日から2週間を経過する日までの間で、休業の開始日を指定することができます。この指定は、原則として申出の翌日から3日以内に、書面で行う必要があります。
介護は突然始まります。2週間前に予定を立てられる人のほうが少ない。「開始日を数日ずらしてもらう可能性はあります」が正しい答え方です。
あわせて、会社側の義務がもう一つあります。介護休業の申出があったときは、開始予定日や終了予定日などの所定の事項を、速やかに労働者に通知しなければなりません。受け取って終わり、ではありません。
2025年4月から、会社の義務が増えています
介護離職を防ぐという観点から、2025年4月に施行された改正で、事業主に次の対応が求められるようになりました。
- 個別の周知・意向確認:対象家族の介護に直面した旨の申出をした労働者に対して、介護休業制度や両立支援制度等について個別に周知し、取得・利用の意向を確認する。取得を控えさせるような形での周知・意向確認は認められません。
- 早い段階での情報提供:介護に直面する前の段階(40歳等)で、介護休業制度等に関する情報を提供する
- 雇用環境の整備:申出が円滑に行われるよう、研修や相談体制の整備などの措置を講ずる
ここも育児と同じ方向に動いています。制度を用意するだけでなく、会社から声をかけることが求められる形です。とくに2つめは、まだ何も起きていない人に向けたものなので、対応が漏れやすい部分です。いつ・何を・どうやって伝えるか、40歳になる社員を年度ごとに拾って個別に案内する手順は、40歳になった社員に介護の制度を伝える記事で整理しています。
不利益な取扱いと、給付
介護休業・介護休暇の申出や取得を理由とする、解雇その他の不利益な取扱いは禁止されています。
また、雇用保険の被保険者で要件を満たす場合、介護休業の期間について介護休業給付金が支給される仕組みがあります。休業開始時の賃金を基準に計算されますが、支給率や上限額は変わることがあります。実際の手続きの前にハローワークで確認してください。
◆ 93日は「残数」で管理してください
介護の記録には、これまでの回とは違う特徴があります。1回で終わらないことです。
介護休業は通算93日を3回まで分割できます。つまり、1回目に30日使えば残りは63日。2回目に20日使えば残りは43日。この引き算を続けていないと、次に申出があったときに何日使えるのかが分かりません。
構造としては、有給休暇の管理とまったく同じです。記録するのは次の5つです。
- 対象家族が誰か:日数は対象家族ごとに管理します。父と母では別枠です
- 介護休業の取得日数と回数:通算何日、何回目まで使ったか
- 介護休暇の取得日数:年5日(対象家族2人以上なら年10日)の残り
- 周知・意向確認をした日:いつ、何を説明したか
- 会社が通知した日:書面で通知した記録
最小構成で始める5ステップ
介護休暇と介護休業の比較表を、1枚印刷して挟んでおく
この記事の最初の表で構いません。次に「介護で休みたい」と言われたとき、その場で開けるようにしておきます。
最初に聞く1問を決めておく
「今週の用事ですか、それともこれから続く体制づくりですか」。日数を聞く前に、これを聞きます。
介護休暇の当日連絡だけ、LINEの窓口を作る
時間単位で取れる制度なので、当日の朝の連絡が発生します。ここは実用的です。病状は書かせません。
残数を書く表を1枚作る
対象家族ごとに、介護休業の通算日数・回数と、介護休暇の残り日数。5行あれば足ります。
40代の社員に、一度だけ制度の案内を配る
早い段階での情報提供が求められています。何も起きていないうちに渡しておくと、いざというときに相談が早くなります。A4で1枚あれば十分です。
よくある失敗
「有給がまだ残っているから、そちらを使って」と答える
介護休暇は年次有給休暇とは別に与える必要があります。有給で処理させるのは、制度としては誤りです。本人も、有給を使い切ったあとに休めなくなります。
介護休業を「介護に専念する3か月」として使わせる
93日で介護は終わりません。この期間に体制を整えておかないと、復帰した直後にまた行き詰まります。「何を準備する期間なのか」を最初に話しておくことが、離職を防ぐ最大の分かれ目です。
「要介護認定が出てから相談してください」と言ってしまう
要介護認定と、法律上の要介護状態は別のものです。認定が下りていないことを理由に申出を拒むことはできません。介護が始まった直後は、まだ認定の手続き中であることのほうが多いくらいです。
まとめ
この記事の結論
- 介護休暇(年5日・時間単位可)と介護休業(通算93日・3回まで分割)は別の制度です。まず、どちらの話かを切り分けてください。
- 介護休業は介護をする期間ではなく、両立できる体制を整えるための準備期間です。ここを共有しないと、復帰後に辞めることになります。
- 「認定が出ていない」「2週間前じゃない」は、どちらも断る理由になりません。開始日の調整ができるだけです。
- 介護休暇は有給休暇とは別に与える必要があります。有給で処理させないでください。
- 明日やること:この記事の比較表を1枚印刷して、就業規則のファイルに挟んでおく。それだけで構いません。
▶ シリーズ⑤:「有給、あと何日ですか」に即答できますか|LINEの申請と年5日の管理をつなぐ
▶ シリーズ⑥:産休の起点は「報告を受けた日」ではありません|出産予定日から逆算する実務
※ 記事内の制度の内容は2026年7月時点で確認したものです。育児・介護休業法は改正が続いている分野です。労使協定の有無や雇用契約の内容によって取扱いが変わる部分もあり、要介護状態に当たるかどうかも個別の判断が必要です。実際の対応にあたっては、厚生労働省のページ、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)、ハローワークなどで最新の情報をご確認ください。











