男性の社員から声をかけられます。「妻が妊娠しまして。育休、取れますか」。
その場では「もちろん」と答えたものの、事務所に戻ってから手が止まります。パソコンで検索すると、記事がいくつも出てきます。ただ、書かれている内容が微妙に違う。2022年の話、2025年4月の話、同じ年の10月の話。どれが今の制度なのかが分かりません。
棚から就業規則を出してみます。育児介護休業規程の最終改定は、5年前の日付でした。
育休には、これまで扱ってきた勤怠の話と決定的に違う点があります。制度そのものが数年おきに変わること。そして、申出を受けたその時点から、会社側にやるべきことが発生することです。この記事では、覚えるのではなく、次に起きたときに開ける手順をどう作るかを整理します。
なぜ育休だけ、調べても分からないのか
検索して出てこないわけではありません。むしろ情報は大量にあります。それなのに判断できない理由は3つあります。
理由①:この数年で、何度も変わっている
育児・介護休業法は、改正の多い法律です。2022年には産後パパ育休(出生時育児休業)が新設され、育児休業の分割取得も可能になりました。さらに2025年には4月と10月の2段階で改正が施行されています。
つまり、3年前に調べた内容は、いまの制度ではありません。前回の対応をなぞると、間違えます。
理由②:ネットの情報が「いつ時点か」分からない
検索結果に並ぶ記事には、改正前の内容がそのまま残っているものが混ざります。しかも見た目では区別がつきません。読んだ情報が古いことに、読んだ本人が気づけないという点が、この分野のいちばん厄介なところです。
ちなみに、この記事も同じ制約を受けます。以下の内容は2026年7月時点で確認したものです。実際に手続きをする前には、厚生労働省のページで最新の情報をご確認ください。
理由③:就業規則が古いと、書いてあることが使えない
ここが実務でいちばん困る点です。法律が変わっても、就業規則は自動では変わりません。古い規程どおりに運用すると、法律を下回った取扱いになってしまうことがあります。
そして、規程を見た本人が「うちの会社ではこうなんだ」と受け取ってしまうと、話がこじれます。会社に悪意がなくても、そうなります。
全部を覚えようとすると、必ず失敗する
大きな会社には、改正情報を追う担当者がいます。毎年、規程を見直す時期も決まっています。小さな会社に同じことを求めるのは、現実的ではありません。
育休が発生するのは、5〜30人の会社なら数年に一度です。そのために制度を覚えても、次に使う頃には内容が変わっています。覚える努力は、この分野では報われません。
覚えるのをやめて、2つだけ用意する
やることを2つに絞ります。
- ①申出を受けた日にやることリスト(1枚):中身ではなく、順番を書いたもの
- ②年1回の規程点検日:カレンダーに入れる。10分で終わります
この2つがあれば、制度が変わっても対応できます。変わるのは中身であって、手順は変わらないからです。
| 弱者の原則 | 育休での意味 | 具体的な打ち手 |
|---|---|---|
| 局地戦 | 制度全体を追わない | 追うのは「申出があったら何をするか」の部分だけ |
| 一点集中 | 覚えるのをやめる | 1枚の手順書と、年1回の点検日。この2つに戦力を集める |
| 接近戦 | 面談で聞く | 2025年10月からは意向の聴取と配慮が義務。もともと社長が直接話せる会社は有利 |
| 差別化 | 柔軟さで勝つ | 大手は制度で一律に決める。小さな会社は本人の事情に合わせて調整できる |
会社側の手順を、1枚にする
流れはこうなります。
- ①申出を受ける(LINEは入口だけ)
- ②その場で会社がやること(周知・意向確認・意向聴取)
- ③日付を確定する(開始日・終了日・分割の有無)
- ④手続きをする(社会保険・雇用保険)
②が抜けやすい部分です。詳しくは次の章で書きます。
LINEは、産休と同じく入口だけ
妊娠・出産に関する情報を業務用のLINEに残さないほうがよい理由は、産休の記事に書いたとおりです。育休でも同じです。男性からの申出であっても、配偶者の妊娠は本人以外の個人情報でもあります。
LINEで受けるのは「相談したいことがあります」まで。日程を決めて、中身は face to face で聞いてください。
ただし、休業中の使い方には価値があります
育休が産休と違うのは、休業期間が長いことです。1年近く職場を離れる人もいます。ここに、LINEが効く場面があります。
長期の休業で本人がいちばん不安になるのは、「戻る場所があるのか」「職場がどう変わったのか」が分からないことです。会社の様子を月に1回程度伝えるだけで、この不安はかなり減ります。
ただし、業務指示は絶対に送らないでください。
休業中の連絡が「あの件どうなってる?」「ちょっと確認だけ」になった瞬間に、性格が変わります。送ってよいのは、会社の近況、制度の案内、復帰の相談窓口まで。頻度も、本人の希望を先に聞いてから決めてください。「送らないでほしい」も、当然の選択肢です。
見落とすとトラブルになるポイント
ここからが本題です。まず、申出の期限から整理します。
申出期限は2種類ある
| 育児休業 | 産後パパ育休(出生時育児休業) | |
|---|---|---|
| 申出期限 | 原則、開始日の1か月前まで | 原則、開始日の2週間前まで |
| 期間 | 原則、子が1歳になるまで | 子の出生後8週間以内に4週間(28日)まで |
| 分割 | 2回まで | 2回まで(分割するなら初めにまとめて申出) |
| 休業中の就業 | 原則できない | 労使協定があれば、合意した範囲で可能 |
◆「1か月前を過ぎているので取れません」は誤りです
ここは間違えやすい部分です。申出期限は決まっていますが、期限を過ぎた申出だからといって、育児休業そのものを断ることはできません。
1か月前までの申出でない場合、会社が休業開始日を指定できる場合があります。つまり開始日がずれることはあっても、取得自体は認められるという仕組みです。
「期限を過ぎているので今回は無理です」と答えてしまうと、それだけで問題になります。答え方としては「開始日の調整が必要になるかもしれません」が正しい形です。
なお、産後パパ育休の申出期限は原則2週間前ですが、雇用環境の整備について法を上回る取組を労使協定で定めているなどの要件を満たす場合には、2週間超から1か月前までに設定することもできるとされています。
パート・契約社員も対象です
有期雇用の人も、一定の要件を満たせば育児休業を取得できます。2022年4月の改正で「引き続き雇用された期間が1年以上」という要件は撤廃されました。「入社1年未満だから対象外」と即断しないでください。
ただし、労使協定を締結している場合には、入社1年未満の人などを対象から除外できる仕組みがあります。自社に労使協定があるかどうかで結論が変わりますので、まず協定の有無を確認してください。
申出を受けたら、会社側にやることが発生します
この記事でいちばんお伝えしたい部分です。育休は「本人が申し出て、会社が受理する」だけの手続きではありません。
◆ 申出があった時点で、会社に3つの義務が動きます
- 個別の周知:本人または配偶者の妊娠・出産等の申出があったとき、育児休業制度等について個別に周知する必要があります(2022年4月から)。
- 取得意向の確認:休業を取得する意向があるかを個別に確認します。取得を控えさせるような形での周知や意向確認は認められません。
- 意向の聴取と、その配慮:2025年10月から、勤務時間帯・勤務地・両立支援制度等の利用期間・仕事と育児の両立に資する就業の条件などについて、本人の意向を個別に聴取し、聴取した意向に自社の状況に応じて配慮することが義務づけられています。
いずれも面談、書面の交付、電子メールなどの方法で行うこととされています。3つめは「聞いて終わり」ではありません。希望に沿えない場合でも、その理由を丁寧に説明するなどの誠実な対応が求められます。
ここを知らないと、悪気なく義務を落とします。「本人が言ってこなかったから何もしなかった」ではなく、申出を受けた時点で会社側の手番が始まるという理解が必要です。
2025年の改正で何が増えたか
2025年4月と10月に施行された改正のうち、小さな会社にも関係する主なものを挙げます。
| 施行 | 主な内容 |
|---|---|
| 2025年4月 | 子の看護休暇が「子の看護等休暇」に変わり、対象となる子の範囲と取得できる事由が拡大 |
| 2025年4月 | 所定外労働の制限(残業の免除)を請求できる対象が、小学校就学前の子を養育する労働者まで拡大 |
| 2025年4月 | 介護に直面した旨の申出をした労働者への個別の周知・意向確認が義務化。あわせて、直面する前の早い段階での情報提供も義務化 |
| 2025年10月 | 3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者について、柔軟な働き方を実現するための措置を、選択肢のうち2つ以上選んで講ずることが義務化 |
| 2025年10月 | 上記措置についての個別の周知・意向確認、および仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取と配慮が義務化 |
注目したいのは、増えているものの性質です。休業の日数ではなく、「会社が個別に説明し、意向を聞き、配慮する」という手続きが増えています。制度を用意するだけでは足りず、一人ひとりと話すことが求められる方向に動いています。
なお、上の表の3行目にあるとおり、2025年4月からは介護についても同じ方向の義務が加わっています。介護は「介護休暇」と「介護休業」という名前のよく似た2つの制度があり、社内で取り違えられやすい分野です。こちらは介護の記事で整理しました。
これは、小さな会社にとって必ずしも不利ではありません。もともと社長が直接話せる規模だからです。足りないのは、話したことを残す習慣のほうです。
不利益な取扱いはできません
育児休業の申出や取得を理由として、解雇その他の不利益な取扱いをすることは禁止されています。評価を下げる、配置を変える、契約を更新しない、といった対応が該当しうる点に注意してください。
社会保険の手続きは、会社が動かないと始まりません
育児休業期間中の社会保険料の免除も、産休と同じく自動ではありません。会社が「育児休業等取得者申出書」を提出することで免除が始まります。提出を忘れると、本人にも会社にも保険料の請求が発生します。
あわせて、育児休業給付の手続きも必要です。給付の種類や要件は改正が続いている部分なので、最新の内容はハローワークで確認してください。
◆ 残すのは「いつ、何を伝え、何を聞いたか」です
育休で記録すべきものは、日付だけではありません。会社側の対応そのものが記録の対象になります。
- 申出を受けた日:ここから期限が動きます
- 周知した日と、渡した資料:口頭だけで済ませない
- 意向を確認した日と、その内容:取得するのかしないのか
- 意向を聴取した内容と、会社の対応:希望に沿えなかった場合は、その理由も
- 休業の開始日・終了日・分割の回数
面談で話しただけでは、後から「聞いていない」「説明を受けていない」となったときに確かめようがありません。面談のあとに、話した内容を書面かメールで本人に渡す。これだけで、会社にとっても本人にとっても記録になります。
最小構成で始める5ステップ
育児介護休業規程の最終改定日を見る
今日やることはこれだけで十分です。2025年より前の日付なら、改正内容が反映されていない可能性があります。まずは日付の確認から。
「申出を受けた日にやることリスト」を1枚作る
①周知 ②意向確認 ③意向聴取 ④日付の確定 ⑤社会保険 ⑥雇用保険。順番だけを書きます。中身は変わりますが、順番は変わりません。
LINEには「相談したいことがあります」の入口だけ置く
産休と同じです。内容は書かせず、面談の日程を決めるだけの窓口にします。
申出も、会社からの通知も書面にする
厚生労働省が社内様式例を公開しています。自作しないでください。様式が用意されているものは、それを使うのがいちばん早く、確実です。
年1回、規程の点検日をカレンダーに入れる
毎年同じ月に10分だけ、厚生労働省のページで改正がなかったかを見ます。あった年だけ動けばよい、という状態を作ります。
よくある失敗
「1か月前じゃないから取れません」と答えてしまう
いちばん多い誤りです。期限を過ぎた申出でも、育児休業を取得すること自体は認められます。会社が開始日を指定できる場合があるだけです。断る根拠にはなりません。
周知や意向確認が、実質的に取得を控えさせる説明になっている
「取れますけど、いま人が足りなくて」「前例がないので」といった前置きを添えた説明は、取得を控えさせる形と受け取られかねません。制度の説明と、業務の相談は、分けて行ってください。
規程が古いまま、規程どおりに運用する
法律の基準を下回る部分は、規程に書いてあっても効力を持ちません。つまり「規程どおりにやったのに違法だった」が起こりえます。改定日の確認は、年1回で十分です。
まとめ
この記事の結論
- 育休は制度が数年おきに変わります。覚えようとせず、手順を1枚にして、年1回だけ点検するのが小さな会社の現実的な備え方です。
- 申出期限は育児休業が原則1か月前、産後パパ育休が原則2週間前。ただし「期限を過ぎたから取れません」は誤りです。
- 申出を受けた時点で、会社に周知・意向確認・意向聴取と配慮という手番が発生します。待っていれば済む手続きではありません。
- 残すのは日付だけでなく、いつ、何を伝え、何を聞いたか。面談の内容は書面かメールで本人に渡してください。
- 明日やること:育児介護休業規程を出して、最終改定日を見る。それだけで構いません。
▶ シリーズ①:勤怠管理をLINEでやる前に|その手書きの出勤簿、後から使える記録になっていますか
▶ シリーズ⑤:「有給、あと何日ですか」に即答できますか|LINEの申請と年5日の管理をつなぐ
※ 記事内の制度の内容は2026年7月時点で確認したものです。育児・介護休業法は改正が続いている分野であり、この記事を読まれている時点では内容が変わっている可能性があります。実際の対応にあたっては、厚生労働省のページ、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)、年金事務所、ハローワークなどで最新の情報をご確認ください。労使協定の有無や雇用契約の内容によって結論が変わる部分もあるため、個別の判断が必要です。











